聞こえないものの手前とその奥

2026.6.28

遠まわりする地図

第一回 

伊澤拓人

 

01 聞こえないものの手前とその奥 

 

 この連載の話をもらってからしばらく、いくつかの忙しさの波が私をあっちへこっちへ運んでいくままにしているころ、私からするとほんとうに突然、親友の片耳が聞こえなくなってしまった。それはより重大な病のもたらした最初の自覚症状に過ぎないことが検査を受けるごとに明らかになっていった。前触れなく訪れた親友の不調という事実に、私自身が激しく動揺しながら、しかし当の本人こそが最も深く傷ついてゆくのを目の当たりにして、あるときには元気づけようと不確実な希望を口にしたり、またあるときには確かな事実の輪郭をあえて示すことで底知れぬ絶望を遠ざけたりするのは、私の人生のうちで、倫理的な反省を繰り返すのに最も神経を使った日々だったように思う。何を言い何を言わないかについて可能な限り精度を上げることを、自分に厳しく課すしかできることはなく、親友と会うときは毎回、即興でパフォーマンスをしているような心持だった。同じころ、所属する組織で自分の望む裁量が到底与えられないということがいよいよはっきりして、転職を決めた。幸いあまり時間はかからずに新たな職場が決まり、同時に引っ越しや車の購入という私にとっては大きなプロジェクトが発生し、また新たな波にのまれていった。 

 

 忙しさは連鎖するものという印象がある。暇なときはびっくりするほどやることがないのに、何かのスイッチが入ると堰を切ったように予定が押し寄せてくる。というより、忙しい時には自分からさらなる忙しさを引き寄せてしまっているきらいもある。予定が詰まり始めると、自分の立ち位置を俯瞰する時間を失って、もっと他のこともできるような気がしてしまう。無為な学生期間が長すぎたので予定が入ること自体にある種の快感があるのかもしれない。今回もまた、引っ越しが決まった直後にTwitterのある投稿をみて、直感的に手が動いた。今年のシアターコモンズの、「次世代のキュレーターのためのコモンズ・キャンプ」についてだった。舞台芸術やパフォーミング・アートに関するレクチャーや観劇を組み合わせたプログラムで、ディレクターの相馬千秋が申し込み締め切りの日にアナウンスしているのを偶然目にして、転職によるギャップ期間ともいえる今が、まとまって何かを勉強できる最後の機会なのではないかと、急に思いつめたことを思った。幸いにもそのイベントが始まるのは引っ越しの翌日からで、うまく仕事を休めば理論上参加は可能だった。予定ハイになりながら志望動機を書き、締め切り30分前に提出ボタンを押した。押した後遅まきに襲ってくる不安を押しのけながら寝た。 

 

 2週間ほど続いたレクチャーや観劇や様々な交流の最後に、参加者がひとりずつプレゼンテーションを行う時間があり、そこで耳にしたある言葉が私の脳内をいつまでも離れない。参加者だった現代美術作家の阿部分は、ふたつの出来事について話した。あるとき砂浜に空いた穴をみた阿部は、そこにぴったりとはまる石が近くに存在するに違いないと確信し、その存在に賭けて、あたりを探すことにしたという話。その後ぴったりの石を本当に見つけたのだという。それと、クリスマスに機嫌を悪くした彼氏をケアするために、ディナーに向かう道中に演出を施した話。阿部が台本を書きその道中に配した役者は、二人に聞こえるように「蝶」についての話をした。「蝶」は二人の関係にとって大事なメタファーだったという。ふたつの出来事の間には、彼女にしかわからないつながりがあり、それを阿部は「アクセシビリティ」と呼んでいた。石、あるいはディナーにたどりつくまでの道中にこそ、なにか決定的な賭け、メタファー、スイッチのようなものが存在する。そういう意味だと受け取った。 

 

 ワタリウム美術館で開催中の「ジャッド|マーファ」展を見に行った。ジャッドの作品でもっともよく知られる、美術館の中に展示可能な彫刻群、ではないところに焦点が置かれた興味深い展覧会だった。展覧会の入り口となる2階には、若手時代の彼が取り組んでいた抽象絵画が展示されていた。それはジャッドの初期作という見る機会の少ない貴重なものだが、しかしそれ以上に、のちに三次元の立体へと転換する彼がいかに額縁の中での表現に苦しんだのかを伝える絵画だった。そして最上階には、ジャッドが後半生をかけて取り組んだマーファという町でのインスタレーションについての資料が展示された。彼は美術館の抽象的な空間におけるテンポラリーな展示という枠組みに見切りをつけ、部屋、建築、そして町自体を、自らのあるいはほかの作家たちの作品を設置するための理想的な空間へと整えていった。 

 

 私や他のアーティストの作品の制作は、配置と同時に行われる。多くの美術館にあるような、空間的、社会的、時間的に[制作場所から]切り離されたものではない。周りを取り囲む空間も私の作品にとって不可欠であり、作品そのものと同じくらいその配置についても検討を重ねている。(1) 

 

 美術館に働くものとしては背筋に緊張の走る言葉だが、しかし「インスタレーション」という形式が普及しきっている現代の目から見れば、ジャッドが言うことはすんなり理解もできる。空間に置いてある物体を鑑賞するとき、知覚は額縁の中だけを見ることなどできず、空間全体からの影響を受けてしまう。そして空間全体とは、部屋のことであり、建築のことであり、また町全体のことでもある、とすれば、そこには作品にたどり着くまでの経験の時間的な厚みさえもが含まれているはずなのだ。 

 

 この連載では、ある作品、ある本、ある展覧会、その他諸々の事物にまつわる経験の総体を、ひとつの非常に個人的な出来事としてとらえて、記述してみたい。例えばある本に対する経験は、まずその存在を知り、何らかの経路で手に取り、時間を作ってページを開き、読み進めたり挫折したりする、という一連の行為の関係によってつくられている。それらは本の内容にとって外側にあるものだが、負けず劣らず本の経験全体に影響を与えているはずだ。コンテンツについて考えるときに、コンテンツにとっての外縁のようなものの存在を含めながら考えてみたいと思った。そして阿部分の話を聞いて、外縁の領域を意識することこそが「アクセシビリティ」だと教わった。絵画であれば美術館から額縁まで、本であればインターネットから椅子まで、かまぼこであればスーパーからかまぼこ板まで。聞こえないものや見えないものを可能な経路で伝えるための合理的配慮のように、ジャッドが作品への知覚をマーファという土地そのものの隅々にまで行きわたらせようとしたように、しかし私のこの身体と意識が社会的関係の中で得た単純な出会いを出発点に。そうすることで、私自身の暮らしと思想のあいだにあるなにか決定的なものを浮かび上がらせたいと思うのだ。 

 

(1)Donald Judd, “Judd Foundation”, 1977. ワタリウム美術館の解説パネルより。全文は以下のジャッド財団ウェブサイトからも読める。 https://juddfoundation.org/wp-content/uploads/2016/04/Judd_Foundation_1977.pdf